
「即身仏」という言葉を聞いて、どのようなイメージを思い浮かべるでしょうか。「なぜ自ら厳しい修行の末にミイラとなる道を選んだのか?」「日本国内のどこのお寺に行けば、そのお姿を見ることができるのか?」といった疑問や、畏敬の念と少しの恐怖心が入り混じった関心をお持ちの方も多いはずです。
結論からお伝えすると、即身仏とは単なるミイラではなく、飢饉や病に苦しむ人々を救うために、想像を絶する修行を経て永遠の瞑想に入った僧侶たちの尊い姿です。現在でも、山形県を中心とした特定のお寺で、その奇跡的なお姿を実際に拝観することが可能です。
この記事では、即身仏が誕生した歴史的背景や「ミイラ仏」としての真実に迫りつつ、実際に安置されている全国のお寺5ヶ所を厳選してご紹介します。拝観時のポイントや各お寺の特徴も解説しますので、現地を訪れる前の予備知識としてぜひお役立てください。
即身仏とは?日本に残る「ミイラ仏」の真実と歴史
日本における即身仏は、単なる遺体の保存状態を指す言葉ではなく、仏教的な信仰と深い結びつきがあります。なぜ僧侶たちは肉体を残すことを選んだのか、その背景にある精神性と一般的なミイラとの違いについて解説します。
即身仏の定義と衆生救済への想い
即身仏とは、厳しい修行の末に生きたまま土中に入り、そのままミイラ状の姿となって現世に残った僧侶のことを指します。これは自殺行為や死への憧れではなく、未来永劫にわたって衆生(人々)の苦しみを代わって引き受け、救い続けるための究極の修行とされています。
特に飢饉や疫病が蔓延した時代において、自らの身を犠牲にして仏となることで、世の中の平穏と人々の幸福を祈願するという強い慈悲の心が原動力となっていました。彼らは死んだのではなく、現在もなお深い瞑想状態にあり、人々を見守り続けていると信じられています。
一般的なミイラと即身仏の決定的な違い
世界各地で発見されるミイラと日本の即身仏には、その生成過程に決定的な違いがあります。エジプトのミイラなどに代表される一般的なものは、死後に臓器を取り出し、防腐剤を使用するなどして人工的に加工・保存された遺体です。これは権力者の復活や死後の世界での安寧を願うものであり、受動的なプロセスといえます。
一方で即身仏は、僧侶自身が生前に食事制限などの過酷な修行を行い、自らの意思と力で肉体を保存可能な状態へと変化させていきます。死後に行われる処置ではなく、生きたまま肉体を改造していくという能動的なプロセスであり、この点において即身仏は世界的にも極めて稀有な存在といえるでしょう。
即身仏になるための過酷な修行プロセスと「謎」
即身仏となるためには、常人には想像もつかないほどの年月と忍耐を要する準備期間が必要です。肉体が腐敗しないように生前から体質を変えていく、その壮絶な修行内容について見ていきましょう。
体の脂肪と水分を極限まで落とす「木食行」
即身仏を目指す僧侶が最初に行うのが「木食行(もくじきぎょう)」と呼ばれる食事制限です。これは米や麦などの五穀を一切断ち、山にある木の実や草、木の皮だけを食べて命をつなぐ修行です。
この修行の目的は、体内の脂肪分や水分を極限まで削ぎ落とし、死後にバクテリアが繁殖して腐敗するのを防ぐことにあります。さらに、漆の樹液などを飲むことで体内の防腐効果を高めることもあったと伝えられています。数千日にも及ぶこの修行により、僧侶の体は生きながらにして皮と骨だけの状態へと近づいていきます。
生きたまま箱に入り永遠の祈りを捧げる「土中入定」
木食行によって肉体の準備が整うと、いよいよ「土中入定(どちゅうにゅうじょう)」へと進みます。僧侶は地下3メートルほどの深さに埋められた石室や木棺の中に入り、座禅を組んで合掌します。棺には空気を通すための竹筒だけが通され、僧侶は読経を続けながら鈴(予鈴)を鳴らします。
地上にいる弟子たちは、鈴の音が聞こえている間は師が生きていることを確認し、音が止んだときに竹筒を抜いて密封します。その後、3年と3ヶ月(千日)が経過した後に棺を掘り起こし、遺体が腐敗せずに残っていれば即身仏として祀られることになります。このプロセスを経て、彼らは永遠の仏となります。
即身仏が安置されている主なお寺5選【拝観情報あり】
現在、日本国内で拝観可能な即身仏は十数体存在し、その多くが山形県の庄内地方に集中しています。ここでは、実際に即身仏にお会いできる代表的なお寺を5つ紹介します。
【山形県】湯殿山総本寺 大日坊(真如海上人)
山形県鶴岡市にある湯殿山総本寺 大日坊には、「真如海上人(しんにょかいしょうにん)」の即身仏が安置されています。真如海上人は96歳という高齢で入定され、その生前の行いや徳の高さから多くの人々に信仰されています。
大日坊は即身仏信仰の中心地の一つであり、拝観時にはお寺の方から丁寧な説明を受けることができます。また、定期的にお召し物を交換する儀式が行われており、その衣の一部が入ったお守りは多くの参拝者に求められています。
【山形県】注連寺(鉄門海上人)
大日坊と同じく山形県鶴岡市にある注連寺(ちゅうれんじ)には、「鉄門海上人(てつもんかいしょうにん)」が祀られています。鉄門海上人は武士の出身と言われ、庶民の苦難を救うために自らの左眼をくり抜いて川の神に捧げたという逸話が残るほど、激しい気迫と慈悲を持った僧侶でした。
天井画などの文化財も見どころの一つであり、映画や小説の舞台としても知られています。鉄門海上人の力強い生き様を感じられる場所です。
【山形県】海向寺(忠海上人・円明海上人)
山形県酒田市にある海向寺(かいこうじ)は、全国でも極めて珍しい、二体の即身仏が安置されているお寺です。「忠海上人(ちゅうかいしょうにん)」と「円明海上人(えんみょうかいしょうにん)」のお二人が、同じお堂の中で並んで祀られています。
異なる時代を生きた二人の僧侶が、同じ志を持って即身仏となった奇跡を目の当たりにすることができます。市内からのアクセスも比較的良好で、拝観しやすい環境が整っています。
【新潟県】西生寺(弘智法印)
新潟県長岡市にある西生寺(さいしょうじ)には、日本最古の即身仏とされる「弘智法印(こうちほういん)」が安置されています。鎌倉時代に入定されたと伝わり、その歴史的価値は計り知れません。
弘智法印の即身仏は、保存状態が非常に良好であることでも知られています。お寺自体も深い森に囲まれた静寂な場所にあり、古来より続く信仰の重みを感じることができるでしょう。
【岐阜県】横蔵寺(妙心上人)
岐阜県揖斐川町にある横蔵寺(よこくらじ)には、「妙心上人(みょうしんしょうにん)」の即身仏が安置されています。妙心上人は元々山梨県の御正体山で入定されましたが、明治時代の廃仏毀釈の影響などを経て、現在の横蔵寺に祀られることになりました。
この即身仏は遺体の保存状態が極めて良く、医学的な調査も行われたことがあります。横蔵寺は「美濃の正倉院」とも呼ばれる名刹で、紅葉の名所としても有名ですが、宝物殿で静かに鎮座する妙心上人の姿は訪れる人々に強い印象を与えます。
即身仏のお寺を訪れる際のマナーと注意点
即身仏はお寺のご本尊あるいは信仰の対象そのものです。観光気分で見学するのではなく、敬意を持って参拝するために知っておくべきマナーや注意点があります。
写真撮影の可否と拝観時の心構え
基本的に、即身仏の撮影は「禁止」されているお寺がほとんどです。これは文化財保護の観点だけでなく、即身仏が信仰の対象であり、亡くなられた僧侶の尊いお姿であるためです。
お堂に入ったら脱帽し、静かに行動しましょう。即身仏の前に進んだら、まずは合掌して一礼し、心の中で敬意を表します。興味本位で騒いだり、ガラスケースを叩いたりするような行為は厳禁です。僧侶の方の説明がある場合は、静かに耳を傾けてください。
冬季閉鎖やアクセス難易度についての事前確認
即身仏が安置されているお寺の多くは、山間部や豪雪地帯に位置しています。特に山形県の湯殿山周辺などは、冬の間は雪深く、お寺自体が閉山したり、拝観受付を休止したりする場合があります。
また、公共交通機関の本数が非常に少ない場所も多いため、車やタクシー、レンタカーでの移動が推奨されるケースがほとんどです。訪問を計画する際は、必ず事前にお寺の公式ホームページや電話で、拝観可能な時期や時間、アクセス方法を確認するようにしてください。
まとめ
即身仏は、人々の苦しみを救うために自らの身を捧げた僧侶たちの、究極の慈悲の形です。過酷な木食行と土中入定を経て残されたそのお姿は、単なるミイラという物質的な存在を超え、強い精神的メッセージを現代に伝えています。
山形県を中心に、新潟や岐阜などのお寺で実際に拝観することができますが、訪れる際は観光地としてではなく、聖地としての敬意を忘れないことが大切です。歴史と信仰が織りなす「即身仏」という存在に触れる旅は、きっとあなたの心に深い何かを残すことでしょう。
案内人より一言

背景や歴史を知ってから拝観するとまた違った見え方ができます。



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